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冬の寒い朝

 冬の寒い朝、学校に行きたくなくて、

「からだがだるい」

 とウソをついたら、何もかもお見通しの母が、

「熱を計ってみなさい。37度5分を超えていたら、学校休んでいいから」

 と言いながら体温計を渡した。

 母はわたしを部屋に残し、台所に入っていった。

 わたしは辺りに人がいないことを確かめ、炬燵に潜り込むと、体温計をヒーターに接近させた。

「何度あった?」

 台所から母の声が聞こえた。

 わたしは慌てて炬燵から飛び出し、母が来る前に体温計をチェックした。

 40度を超えていたので、慌てて振っているところに母が現れた。

「なんだ、まだ計ってなかったの? 早くしないと、徹くんが呼びに来るよ」

 そう言われ、今度は監視付きで計ることになってしまった。

 結果、36.5度。

 平熱。

 水疱瘡で、1週間、学校を休んだことがある。

 だが、それ以外、わたしは、小学校の6年間、無遅刻無欠席であった。









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授業参観

 お母さん、来てるかな?

 そう思って振り返ると、母は怖い顔をして教室の後ろに立っていた。他の母親達から少し孤立しているように見えるのは気のせいだろうか。

 どうしたのかな?

 なにを怒っているんだろう?

 椎茸はちょっと不安になった。ここしばらく悪いことはしていない。母が怒る理由など、いまのところは無いはずなのだ。

 今日は、授業参観日。観てもらうのは算数の授業である。母を怒らせるのはこれからなのだ。

 椎茸は算数が苦手だった。言ってしまえば学校そのものが苦手なのだが、中でも頭の悪さをシッカリ自覚させてくれる算数の授業は大嫌いだった。

「この問題、わかるひとっ!」

 先生がそう言うと、みんな、ハイハイハイハイと元気良く手を挙げる。

 先生が何を質問しているのかさえ分らない椎茸は、こんなとき、クラスのみんなの手の森の中で、ひとり小さなダンゴ虫になってしまう。丸く、まん丸なって、どこまでもどこまでも転がって行きたい心境なのだ。

 授業参観のとき、なぜか長谷部先生は特に張り切って沢山の質問をする。今日も例外ではない。のっけから、矢のような質問が飛んできた。簡単な問題なのかもしれない。太平くんまで手を上げている。長谷部先生は、授業参観のときには頭の良い子しかあてない。鈴木くんや橋爪さんを中心にあてるのだ。みんなもそれを知っている。だからなのかもしれない、太平くんまで手を上げている。なのに、それでも、椎茸の手だけはどうしても挙がらない。

 ああ、なんで図画工作の授業参観ってないんだろう?

 椎茸は思った。椎茸だって工作は得意なのだ。特に、破壊工作が。

 やだなぁ。
 
 早く終わらないかな。

 椎茸はもういちど振り向いて母の顔を確認した。そして、家に帰るのが怖くなってしまった。

「ただいま」

 と、玄関で靴を脱ぎながら恐る恐る椎茸は言った。

 返事がない。

 お母さん、いないのかな?

 そっと部屋に入ると、母はちゃんとそこにいて、異様に大きな声でこう言った。

「椎茸、あんた、なんで二の段までしか受かってないの?」

 ああ、なんだ、九九のことか!

 ようやく母の怒りの正体がわかった。教室の壁に、九九の合格表が張り出されていたのだ。一人ずつ一の段から順番に先生の前で九九を発表し、ちゃんと言えたらこのグラフに合格を記録していく。

 お母さんは、あれを見たんだ。

「清治くんでさえ五の段まで合格してるのに、なんで、あんたは二の段までしか受かってないの?」

 母は「清治くん」のところをやたらに強調して言った。

 椎茸はおずおずと応えた。

「だって、清治くんは頭が良いもん」

 この一言が母の逆鱗に触れた。母は清治くんのことをあまり頭が良い子だとは思っていない。そして、椎茸の母と清治くんのお母さんは、どうしたわけか、とっても仲が良いのだ。

「他の子達は、みんな、八の段、九の段まで受かってるじゃないの。なんで、あんたビリなの?」

 椎茸はムッとして応えた。

「ちがう、寺西も太平ちゃんも二の段までしか受かってない!」

 最下位争いに参加してどうするのか、と情けなく思ったのだろう。母は、急にうつむいて黙り込んでしまった。怒りで言葉も出ないらしい。

「今日から特訓するから。明日は、三の段を受けてきなさい」

 そう言うと、母は唐突に訓練を開始した。

「さいちが?」

「三っ!」

 椎茸だって、このくらいはわかる。

「ちゃんと、出来るじゃない。じゃあ、さにが?」

 難問である。さっぱりわからない。

「六でしょう! 自分で言ってみなさい。さにが六っ!」

「さにが六」

「さざんが?」

「……」

「さざんが九。言ってみなさい。さざんが九」

「さざんが九」

「じゃあ、さにが?」

 さて、もう忘れている。

 そのとき、椎茸が怒られている様子を嬉しそうに眺めていた弟が、兄に代わって応えてくれた。

「ろくっ! ろくっ! さにがろくっ!」

 椎茸と弟は四つ離れている。

「おまえ、すごいなぁ!」

 椎茸は感心してしまった。

「あぁぁんたは、黙ってなさぁいぃぃぃーっ! きいっ」

 どうしたわけか、母は狂ったように弟を叱り飛ばした。本来なら、ここは褒めるところだろう。母親の心は複雑である。いろいろな想いが交錯し、母の怒髪は天を衝いていた。

 三の段の特訓は椎茸が布団に入るまで続いた。椎茸はもうヘトヘトになっていた。だが、ダメージは母の方が上だった。母は、産卵後の紅鮭のようになっていたのだ。

 それでも、努力は人を裏切らないものらしい。翌日、椎茸はみごと三の段に合格し、長谷部先生の度肝を抜いた。先生のその若くてきれいな顔には、嬉しさというよりは驚愕の表情が浮かんでいた。

「がんばったね、椎茸くん!」

 先生は褒めてくれた。

 だが、椎茸の顔は、冬の日本海のように昏かった。

 家に帰れば、四の段の特訓が待っている。












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