スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

冬の寒い朝

 冬の寒い朝、学校に行きたくなくて、

「からだがだるい」

 とウソをついたら、何もかもお見通しの母が、

「熱を計ってみなさい。37度5分を超えていたら、学校休んでいいから」

 と言いながら体温計を渡した。

 母はわたしを部屋に残し、台所に入っていった。

 わたしは辺りに人がいないことを確かめ、炬燵に潜り込むと、体温計をヒーターに接近させた。

「何度あった?」

 台所から母の声が聞こえた。

 わたしは慌てて炬燵から飛び出し、母が来る前に体温計をチェックした。

 40度を超えていたので、慌てて振っているところに母が現れた。

「なんだ、まだ計ってなかったの? 早くしないと、徹くんが呼びに来るよ」

 そう言われ、今度は監視付きで計ることになってしまった。

 結果、36.5度。

 平熱。

 水疱瘡で、1週間、学校を休んだことがある。

 だが、それ以外、わたしは、小学校の6年間、無遅刻無欠席であった。


©2016遠村椎茸





スポンサーサイト

授業参観

 お母さん、来てるかな?

 そう思って振り返ると、母は怖い顔をして教室の後ろに立っていた。他の母親達から少し孤立しているように見えるのは気のせいだろうか。

 どうしたのかな?

 なにを怒っているんだろう?

 椎茸はちょっと不安になった。ここしばらく悪いことはしていない。母が怒る理由など、いまのところは無いはずなのだ。

 今日は、授業参観日。観てもらうのは算数の授業である。母を怒らせるのはこれからなのだ。

 椎茸は算数が苦手だった。言ってしまえば学校そのものが苦手なのだが、中でも頭の悪さをシッカリ自覚させてくれる算数の授業は大嫌いだった。

「この問題、わかるひとっ!」

 先生がそう言うと、みんな、ハイハイハイハイと元気良く手を挙げる。

 先生が何を質問しているのかさえ分らない椎茸は、こんなとき、クラスのみんなの手の森の中で、ひとり小さなダンゴ虫になってしまう。丸く、まん丸なって、どこまでもどこまでも転がって行きたい心境なのだ。

 授業参観のとき、なぜか長谷部先生は特に張り切って沢山の質問をする。今日も例外ではない。のっけから、矢のような質問が飛んできた。簡単な問題なのかもしれない。太平くんまで手を上げている。長谷部先生は、授業参観のときには頭の良い子しかあてない。鈴木くんや橋爪さんを中心にあてるのだ。みんなもそれを知っている。だからなのかもしれない、太平くんまで手を上げている。なのに、それでも、椎茸の手だけはどうしても挙がらない。

 ああ、なんで図画工作の授業参観ってないんだろう?

 椎茸は思った。椎茸だって工作は得意なのだ。特に、破壊工作が。

 やだなぁ。
 
 早く終わらないかな。

 椎茸はもういちど振り向いて母の顔を確認した。そして、家に帰るのが怖くなってしまった。

「ただいま」

 と、玄関で靴を脱ぎながら恐る恐る椎茸は言った。

 返事がない。

 お母さん、いないのかな?

 そっと部屋に入ると、母はちゃんとそこにいて、異様に大きな声でこう言った。

「椎茸、あんた、なんで二の段までしか受かってないの?」

 ああ、なんだ、九九のことか!

 ようやく母の怒りの正体がわかった。教室の壁に、九九の合格表が張り出されていたのだ。一人ずつ一の段から順番に先生の前で九九を発表し、ちゃんと言えたらこのグラフに合格を記録していく。

 お母さんは、あれを見たんだ。

「清治くんでさえ五の段まで合格してるのに、なんで、あんたは二の段までしか受かってないの?」

 母は「清治くん」のところをやたらに強調して言った。

 椎茸はおずおずと応えた。

「だって、清治くんは頭が良いもん」

 この一言が母の逆鱗に触れた。母は清治くんのことをあまり頭が良い子だとは思っていない。そして、椎茸の母と清治くんのお母さんは、どうしたわけか、とっても仲が良いのだ。

「他の子達は、みんな、八の段、九の段まで受かってるじゃないの。なんで、あんたビリなの?」

 椎茸はムッとして応えた。

「ちがう、寺西も太平ちゃんも二の段までしか受かってない!」

 最下位争いに参加してどうするのか、と情けなく思ったのだろう。母は、急にうつむいて黙り込んでしまった。怒りで言葉も出ないらしい。

「今日から特訓するから。明日は、三の段を受けてきなさい」

 そう言うと、母は唐突に訓練を開始した。

「さいちが?」

「三っ!」

 椎茸だって、このくらいはわかる。

「ちゃんと、出来るじゃない。じゃあ、さにが?」

 難問である。さっぱりわからない。

「六でしょう! 自分で言ってみなさい。さにが六っ!」

「さにが六」

「さざんが?」

「……」

「さざんが九。言ってみなさい。さざんが九」

「さざんが九」

「じゃあ、さにが?」

 さて、もう忘れている。

 そのとき、椎茸が怒られている様子を嬉しそうに眺めていた弟が、兄に代わって応えてくれた。

「ろくっ! ろくっ! さにがろくっ!」

 椎茸と弟は四つ離れている。

「おまえ、すごいなぁ!」

 椎茸は感心してしまった。

「あぁぁんたは、黙ってなさぁいぃぃぃーっ! きいっ」

 どうしたわけか、母は狂ったように弟を叱り飛ばした。本来なら、ここは褒めるところだろう。母親の心は複雑である。いろいろな想いが交錯し、母の怒髪は天を衝いていた。

 三の段の特訓は椎茸が布団に入るまで続いた。椎茸はもうヘトヘトになっていた。だが、ダメージは母の方が上だった。母は、産卵後の紅鮭のようになっていたのだ。

 それでも、努力は人を裏切らないものらしい。翌日、椎茸はみごと三の段に合格し、長谷部先生の度肝を抜いた。先生のその若くてきれいな顔には、嬉しさというよりは驚愕の表情が浮かんでいた。

「がんばったね、椎茸くん!」

 先生は褒めてくれた。

 だが、椎茸の顔は、冬の日本海のように昏かった。

 家に帰れば、四の段の特訓が待っている。


©2016遠村椎茸





雨の降る街を

 この街には変わり者の幽霊がいて、雨の降る日には昼夜の見境なく現れるという。

 だから、雨粒がぽつぽつとアスファルトを濡らし始めると、街を行く人達はいつも決まってこんな噂話をする。


 きっと、霊感の違いなんだろうね。見える人と見えない人がいるんだって。

 ああ、幽霊の話?

 そう。

 男なんでしょう? その幽霊って。

 うん。それが、見える人には、妙に実体感があって、すぐ傍を歩いていても誰も気づかないんだって。でも、雨が熄むと突然フッと消えてしまう。

 見ちゃった人は驚くでしょうね。

 でも、なんで出てくるのかな?

 さあ。なにか探し物でもしてるのかもね。

 街のあちこちに出没するんだってね。

 らしいね。幽霊には時間も空間も関係ないっていうからね。出てくる時刻も場所も決まってないんだけれど、なにかきっかけというか、姿を現す条件があるとすれば、それは雨なんだってさ。


 そんな街の噂をいくつか耳にするうちに、できるものならわたしもその幽霊に逢ってみたいと思うようになった。

 雨が降るたび、そして、熄むたびに、注意して探してみるのだが、霊感がないせいか、わたしはまだ一度も彼に逢ったことはない。

 いや、逢っていても気づかなかっただけなのかもしれない。なにしろ、姿が見えている間は、生身の人間に紛れて誰にもわからないというのだから。

 いったい、彼は、なんの目的があって雨の街を歩いているのだろう? 自分が幽霊であることが本人にはわかっているのだろうか? もし、わかっているのなら、この世にどんな未練があって現れるのだろう。

 人生になんの意味も見出せず、ただ、毎日を生きるともなしに生きているわたしには、彼の行為がどうにも理解できないのだ。こんな世の中に、果たして思い残すほど大切なものがあるというのだろうか。せっかく死んだのなら、迷わず成仏すればいいではないか。くだらない人間社会のことなど忘れて、天国でやすらかに眠ればいいのに……。

 これまでの人生で、わたしは人並みの暮らしをしたことなど、ただの一度もなかった。

 まだ子供だった頃に、父親は莫大な借金を作って行方をくらまし、母親からは「お前さえいなければ」「お前さえ生まれてこなければ」と責められ続けた。

 心の中に生きることに対する罪悪感を植えつけながら、わたしは暮らしてきた。

 その母親にしたところで、借金の取立て屋が毎日のように訪れるアパートにわたし独りを残し、男と外泊を続けるうちにとうとう帰ってこなくなって、そして、そのまま蒸発してしまった。

 帰らない母を待ちながら、いつくるとも知れないヤクザまがいの男達が恐くて、外に助けを求めることもできず飢え死に寸前でいるところを、わたしは、家賃の催促にやってきた大家に発見されたのだ。

 警察に父親と母親の捜索願が出されたが、結局、二人の消息はつかめなかった。

 親戚にわたしを引き取ろうという者はなく、誰もがもっともらしい理由をつけては、わたしの身柄を押し付け合い、罵り合ったあげく、最後には、社会に責任を転嫁し援助を求めた。

 わたしは養護施設で育ったのだ。 

 二親とも、この国のどこかで生きているのだろうに、わたしは孤児と呼ばれた。

 誰も信じてはいけない。誰も当てにしてはいけない。ひとは裏切る。ひとは言葉で、嘘をつく。
 
 わたしは、まだ5歳だった。

 5歳にして、世を拗ね、ひとを恨み、そして、自分の殻の中に閉じこもってしまった。

 だから、なおさら知りたいのだ。あの雨降り幽霊が、この世で、大切に思うものが何であるのかを。なにを求めてこの街に現れるのかを。

 それがわかれば、あるいは、わたしにも生きる希望が見出せるかもしれない。

 そして、もう二度と死のうなんて思わなくなるかもしれない……。

 気がつくと、すぐ先の交差点に人だかりができていた。救急車が停まっている。どうやら交通事故らしい。近づいていくと、野次馬達の話し声が聞こえてきた。

 かわいそうに、もう助からないよ。

 自殺らしいね。自分から飛び込んでいったそうだから。

 まだ、若いのにねえ。

 
 救急隊員が、血だらけの男を担架で運んでいくところだった。

 その瞬間、わたしには、なにもかもがわかった。

 永遠とも思える長い時間を遡り、行過ぎてはまた後戻りして、この街という限られた空間で、幽霊がなにを探して彷徨っていたのか。

 そして、わたしが捜し求めていた答えが、なんだったのかも。

 希望ではなかったのだ。

 もう、この街に幽霊が現れることはないだろう。

 救急車に乗せられてゆく血みどろの自分の姿を見送ると、わたしは空を見上げた。

 街には、いつのまにか雨が降り始めていた。


©2016遠村椎茸







博物館

 街まで買い物に出たついでに、二人で博物館によった。

 古代エジプト展をやっていたのだ。

 人込みの苦手な彼はうんざりしている様子だったが、「ちょっと寄っていこうよ」というわたしの誘いに、溜息をつきながらも付き合ってくれる。
 
 彼は優しいのだ。

 ゲートを潜り、一階にある広い展示室の大きなショーケースの前まで来たとき、彼は言った。

「ちょっと、トイレに行ってくる。そのへんにいて」

 頷くわたしを残し、彼は慌てて駆けていった。

 ずいぶん我慢していたらしい。わたしは笑いながらその背中を見送った。

 振り向いてショーケースの中を覗いてみる。

 中にはミイラが入っていた。女性のミイラだ。

 死んんでしまってから、こんなふうに人目にさらされるのは嫌だろうな…。

 心の中に悲しみとも同情ともつかない気持ちがわいてくる。

 人権侵害だ。いかに学術的な目的のためとはいえ、ひとの死を見世物にするなんてどうかしている。

 裸で衆人の目にさらされる女(ひと)の気持ちを考えたら、こんなことはできないはずだ。

 修学旅行生だろうか、制服を着た何人かの男の子達がショーケースの周りに集まってきた。

「見ろよ、ミイラだ!」

「このミイラ、生意気にガムテープで前張りなんかしてやがる」

「ミイラでも、見せたら法律に触れるのかな?」

「こんな干からびたの見たって、しょうがねえだろうに」

 あはは、と学生達は笑った。

 わたしは悲しくなってきた。

 社会教育を目的とした施設で、人間の尊厳が失われている。

 考古学が人類の歴史を学ぶものであるというのなら、わたし達は、いったい、彼女の死から何を学ぶというのか?

 人間の残酷さや軽薄さか?

 あるいは、人類の愚かさか?

 思いやりを忘れた学問に、なんの価値があるというのだろう。
 
 涙が頬を伝った。

 泣きながら立ち尽くし見つめているわたしに、彼女がちょっと微笑んだ気がした。

 どうしたのだろう。なんだか胸が熱い。

 古代エジプトに生きた彼女とわたしの心が同調しているのか?

 胸が、胸が焼けつくように熱い。

 喉が、気も狂わんほどに、喉が渇く。

 気がつくと、わたしはガラス越しに自分の顔を見つめていた。

 向こうから彼がやってくる。

「修学旅行生で一杯で、トイレが混んでてさあ――」

 そう言う彼に何か応えようと思うのだが、どうしたわけか声が出ない。

 身体が硬直して、指一本動かすことも出来なかった。

 わたしはショーケースの中にいた。

「ごめんな、待ったろう?」

 彼が済まなそうに言った。

「ほんの五千年くらいね」

 ガラスの向こうで、わたしの顔をしたエジプトの女が艶やかに笑っていた。


©2016遠村椎茸





ブランド

 友人宅でトイレを借りた。

 彼女はお金持ちである。

 トイレのドアを開けて中に入り、便器のふたを開けて驚いた。

 白いトイレット・ボウルの内側の縁に、黒のアストバリー・パターンが施されている。

 ギョッとして目を上げると、フラッシャーのすぐ上のところにWedgwoodと高級食器ブランドの銘が入っていた。

 用を済ませて出てくると、早速、キッチンに行き、わたしはロイヤルミルクティーを淹れている彼女に訊ねた。

「ねえ、あなたのところのトイレって凄いわね。あれって、特注?」

「ええ、頼んで作ってもらったの。イギリス製」

 応えながら、彼女はカップをテーブルの上に置いた。

 好い香り。

 きっとこれも高級品なんだろうな。

 そう思いながらシンプルな白いカップを見つめ、一口飲んで驚いた。

 すっきりとした口当たり、それでいてなお濃厚な味わい、まろやかで上品で、こんなミルクティーは飲んだことがない。

「おいしいわ。ねえ、おかわりをもらえない?」

 言いながら最後の一口を飲み干したとき、白いカップの底からTOTOの四文字が現れた。


©2016遠村椎茸





リンク
参加してます。


Showcase
Showcase
Showcase
Showcase
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。